昔日のこと

最近「すべてがFになる」というドラマが放送されていますね。有名なミステリ小説なので原作を読んだことのある方、たくさんおられると思います。

私もその一人で、ある理由からとても印象に残っている作品だったりします。

毎週楽しみにしている方もおられると思うので、あまりネタバレにならないようにしたいのですが、ちょっとここで昔話をしたいと思います。

 

もう何年も前になります。高校を卒業した私は、大学へ入学するまでの短い春休みを読書に費やしていました。受験勉強で長く読書から遠ざかっていて、とにかく何か読みたいと活字に飢えていたのを覚えています。その時本屋で最初に見つけたのが森博嗣さんの『すべてがFになる』だったのです。

すべてがFになる (講談社文庫)

すべてがFになる (講談社文庫)

 

 強烈なインパクトのあるミステリ小説で、第1回メフィスト賞受賞作でもあります。離島にある研究施設で主人公・犀川と萌絵の目の前で起きる奇妙な密室殺人と、天才真賀田四季博士の影。その衝撃についつい先が気になり先へ先へとページが進み、気づけば最終巻まで読んでしまいます。『すべてがFになる』の英語のタイトルが"THE PERFECT INSIDER"で、シリーズ最終巻『有限と微笑のパン』が"THE PERFECT OUTSIDER"。これでは最後を読むまで途中でドロップアウトできません。

 

そして事件とは直接関係がないのですが、この作品にはシリーズのファンなら誰もが知っている有名なシーンがあります。それは犀川が萌絵の父である、故西之園恭輔の授業についての思い出を話すというものです。どんな内容かはここではあえて記しませんが、犀川が自身の授業で学生の「質問」を大事にしている理由がここで明らかになります。

質問はその人のレベルが反映されるもの。授業について行っていないと当然ながら的外れな質問をしてしまいます。「確かに」と妙に納得した当時18歳の私は、大学に入学し数週間経ったある日、授業で質問をしてみようと思い立ちます。

 

しかしそうは思ったものの、相手は教授という学問を日々の仕事にする人種。私がレベルの低い質問をして教授の機嫌を損ねてしまってはとなかなか実行に移せませんでした。下調べをと図書館の書庫に籠って予習・復習を繰り返す日々。それでも一向に自信は湧いてきません。

ですがそんなある日、興味をもっていたとある授業で、その日扱ったトピックの説明が尻切れに終わったような気がして、勇気を振り絞って授業終わりにその続きを訊ねてみることにしました。意外なほどあっさりと話は進み、その日の授業内容について簡単に補足をしてくださいました。

それがすべてのきっかけでした。その後毎週その授業の終わりには先生に質問をし、次第にいろんなお話しをしていただける仲になりました。

先生は大阪の大学から講師として来られていて、私の大学の学生とはなかなか打ち解けられていなかったようです。とてもユーモアのある方で、サッカーがお好きだったのを覚えています。期末の最終授業の後「あなたのテストの結果期待していますよ」と言われ、プレッシャーのあまり猛勉強したのはいい思い出(後期に先生にお会いすると、ほとんど満点だったようです。よかった)。

 

その後の大学生活、その先生の授業を履修するたび質問をし、さまざまな話をしました。もちろん他の授業でもそうです。おかげでいろんな人脈を得られたし、質問することでそれらが可能になることも知りました。

 

社会人になっても、その教訓は相変わらず。業務に関する研修会で質問をすると講師の方とお近づきになれるだけでなく、「あの時質問していらっしゃった方ですよね」と他の参加者の方に逆に声をかけられることもあります。人見知りだったはずの私が今ではいろんな人と交流を持つ人間になっている。当時は想像もしていませんでした。

 今振り返ってみると、一冊の小説で私の人生は大きく変わったのだなと思います。質問をするためには予習も必要で、毎日が勉強です。

 

余談ですが、いつかあの先生の所属する大学にご挨拶をと思って社会人になってからも先生の勤務先の大学HPをたびたびチェックしていました。どうも最近退職されたご様子。またいつかお会いできることを祈っています。